1994
10.31

【ハロウィーンの怪人 】

 10月に入ると、週末の夕方、車で信号待ちをしている横に
魔女や狼男がシートベルトをして並ぶ。
中学生以上はTrick or Treatでキャンディをもらいに近所を訪れるかわりに、
仮装パーティーをやる。
それぞれ趣向をこらした扮装をして友人宅に集まり、
おおいに盛り上って外に繰り出すのだ。
夜9時のローカルニュースでは、
「No Power Rangers behind bars yet.
(今年はまだ一人のパワーレンジャーも留置場に入っておりません)」
すると去年は…?
 日本生まれの特撮ヒーローがお化けカボチャ提灯にまわしげりを食わせて、
はしゃぎ回る無礼講の夜になる。
礼儀正しい南部の人々は、
ふだんは「お酒を飲んで外で騒ぐ」事なんて絶対にないのだ。
しかしばかなことをするのは血気盛んなティーンエージャーばかりではない。

■ 不運な中国娘の話
 彼女は中国本土からはるばるアメリカに到着し、
大学内の留学生ホールに泊まることになった。
その疲労と不安と時差で朦朧とした彼女が
レンガ造りの瀟洒な建物の白いバルコニーから深夜見たものは。
歌い踊りバーベキューをし酒を飲む悪魔や骸骨らの百鬼夜行。
とーぜん不運な中国娘はハロウィンなどというお祭りを知らない。
「とんでもないところに来た」と思ったそうだ。

■ “The Night of The Phantoms”
 アラバマ・シアターはダウンタウンのまんなか、
今はちょっと治安の悪い所にある由緒正しき劇場である。
内装は華やかなアール・ヌーボー調で風格がある。
外にはホームレスが多いけど。
昼間バンドを入れて結婚式の披露宴に使ってたそのシアターで、
夜、ハロウィン特集の無声映画“The Phantom of The Opera”をやるというので行って来た。
(イベントのある時は人が多いのであまり危なくない)
 風のある10月の夜、パーキングロットから魑魅魍魎とともに歩く。
街角ごとにフード付きガウンをまとった死神ふう墓掘り人がいる。
劇場のスタッフらしい。
夜会服を着てファントムの仮面をつけてる人も多い。
私は別に仮装してないが、
オリエンタルはめずらしいので人が見ていく(黒衣・黒髪で魔女の仮装と思ってるかも)。
 ロビーの外では狼男とフランケンシュタインのモンスターが
肩を抱いて旧交をあたため合っている。
入り口ではガイコツが切符をもぎってくれる。
ロビーで人を待ってるcave man(原始人)のおじさんは、
よくできたフェイクファーの衣装(自作?)、裸足でひげも自前。
私の選んだトータルコーディネート賞。
アクセサリー賞は、カラカラとひきずるガイコツを連れて空席を探す死神。
 舞台で簡単な解説のあった後、照明が消える。
闇の中、蝋燭の灯った燭台をかかげ、街角に立っていた黒衣の墓掘り人達が、
ロビーに置いてあった花に飾られたかんおけをかついで黙々と入場。
舞台上に残されたかんおけから出て来たのは金髪の若いパイプオルガン奏者だった。
せり上がって来るオルガンのコンソール。
実はパイプオルガンはアラバマ・シアターの名物で
、彼は最初から最後まで全部パイプオルガンで無声映画に音楽と効果音をつけたのだった。
さて、映画が終るとオルガン奏者を本物の二頭立て馬車が舞台の上に迎えに来た。
御者は“赤き死”の衣装のファントム。
 ちなみに、ふだんのアラバマ・シアターは古い名画や
“白雪姫”“ジュラシック・パーク”なども上映したりする。
休み時間におじさんがオルガンを演奏して
みんなで“おおスザンナ” なんかの大合唱をするのが名物らしい。
その神々しいパイプオルガンの響きと、
その荘重な内装に似合わず市民の楽しみの場となっている。

(By Narcia / ’94 アラバマにて)