2012
10.17

これもまた不穏なタイトルですが、
『悪魔に食われろ青尾蠅』というのは
子供たちも歌うような米国のカントリーソング
(「ブルーテールフライ」「ジミークラックコーン」等とも)
なのだそうです。

主人公はそんな俗謡とは無縁のように見える
優美なハープシコード奏者。
感受性豊かな彼女は、自分を取り巻く環境に違和感を感じはじめます。
周囲が自分を騙しているのか、それとも──おかしいのは私?

12hallo-devil

現代でこそ見事なサイコ・サスペンス
(当時の言い方ならばニューロティック・スリラーでしょうか、
ヘレン・マクロイの『暗い鏡の中に』の
精神科医ベイジル博士シリーズと同じ時代です)の
古典と称賛される作品ですが、
1948年にアメリカで書かれた本書は出版先が見つけられず、
1967年にイギリスでやっと刊行されたという曰く付きです。
確かに異常心理モノ慣れした私達にとっては
「きたきたきたきた!」という場面でも、
当時の読者には唐突すぎる展開だったのかもしれません。

先日紹介した『六本指のゴルトベルク』の中では、
『悪魔に食われろ青尾蠅』はトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』の
対になるような作品として読み解かれています。
青柳さんによれば、主人公が完璧を求めて演奏するのは
ともにバッハの『ゴルトベルク変奏曲』ですし、
レクター博士や捜査官クラリスの造形に影響しているような描写も多い。
そう指摘されれば、私は『青尾蠅』を読んだ時、
トマス・ハリスの『レッド・ドラゴン』の方を思い浮かべました。

『青尾蠅』は描写も主人公もずっと美しく繊細なのですが、
入り組んだ情景の中から徐々に姿を現す真実の恐ろしさは、
「慣れている」はずの私達、現代の読者にとっても衝撃的。
(ナルシア)

『悪魔に食われろ青尾蠅』
著者:ジョン・F・バーデン
訳:浅羽英子
出版社:創元推理文庫2010