10.23
ハロウィーンを楽しもう!
こわい話とはどんな話なのだろう、とさんざん考えていると、
北村薫・宮部みゆき名コンビによる対談付きアンソロジー
「謎のギャラリー」シリーズから、
『こわい部屋』(2002年 新潮文庫)におまけの一編をつけた
『こわい部屋』(2012年 ちくま文庫)が新刊で積まれていました。
これを天佑という‥‥?
この読み巧者書き巧者のお二人のおすすめ作品は、
なんといっても文章としての完成度が高い。
怖いか、というとやはり「びっくりする」とか「気持ち悪い」、
「高い所・狭い所はイヤ」といった系列に入るものも多いのですが、
文章を読んでみて、なるほどー、これはさすが、と
書き方に感心するものばかりです。
だから「こんな話」と内容を語っても怖くない。
「読んでみて」話の中に身を置くしかありません。
十六歳にして完璧な作品、と当時話題になった、
人気作家・乙一のデビュー作『夏と花火と私の死体』もまるごと収録。
おなじみ巻末対談は、収録作以外の作品の話題にも花が咲き、
二人してどんどん深沢七郎で盛り上がる。
ですよねー、深沢七郎すごいよね、採られてないけど、と
自分もなんだか一緒になって盛り上がってしまいます。
(ナルシア)
『こわい部屋 謎のギャラリー』編:北村薫 / 出版社:ちくま文庫2012
『謎のギャラリー こわい部屋』編:北村薫 / 出版社:新潮文庫2002
こわい話が好きです。
けれど、いつも思います。
本当に怖い話ってどんな話だろう。
いかにも京極夏彦的な語り口による短編集『幽談』、
最終話の主人公は一心不乱に「こわいもの」とは
何かを突き詰めて考え抜きます。
こういうものは、驚くだろう。怖くはない。
こういうものは厭だ。とても厭だけれど、怖くはない。
私も「こわい話をして」と言われるといつも思います。
この話をするとびっくりするだろう。でも怖いだろうか。
この話は気持ち悪いけれど。怖いとは違うのかもしれない。
京極氏も常に思うのでしょう。
『幽談』は異様な話、とでもいうのでしょうか。
『夢十夜』的夢幻感や、厭な感じを、
さめているのか、執着しているのか、あの語りで。
怖くはない。
とても奇妙ではあるけれど。
この世には怖いものなど何もない──のでしょうか。
この世のものが怖くないのなら、あの世のものは。
あの世のものなど関係ないのだから、やはり怖くはない。
怖くはないけれど。
例えば。
亡くなったはずの親しい人を見かけたとしたら。
怖いだろうか。怖くはないだろう、親しかったのだから。
嬉しいだろうか。嬉しくもないだろう──
私もよく思いました。
京極氏も常に思うのでしょう。
だから、第二話「ともだち」の虚ろな寂しさが心に残ります。
(ナルシア)
これもまた不穏なタイトルですが、
『悪魔に食われろ青尾蠅』というのは
子供たちも歌うような米国のカントリーソング
(「ブルーテールフライ」「ジミークラックコーン」等とも)
なのだそうです。
主人公はそんな俗謡とは無縁のように見える
優美なハープシコード奏者。
感受性豊かな彼女は、自分を取り巻く環境に違和感を感じはじめます。
周囲が自分を騙しているのか、それとも──おかしいのは私?
現代でこそ見事なサイコ・サスペンス
(当時の言い方ならばニューロティック・スリラーでしょうか、
ヘレン・マクロイの『暗い鏡の中に』の
精神科医ベイジル博士シリーズと同じ時代です)の
古典と称賛される作品ですが、
1948年にアメリカで書かれた本書は出版先が見つけられず、
1967年にイギリスでやっと刊行されたという曰く付きです。
確かに異常心理モノ慣れした私達にとっては
「きたきたきたきた!」という場面でも、
当時の読者には唐突すぎる展開だったのかもしれません。
先日紹介した『六本指のゴルトベルク』の中では、
『悪魔に食われろ青尾蠅』はトマス・ハリスの『羊たちの沈黙』の
対になるような作品として読み解かれています。
青柳さんによれば、主人公が完璧を求めて演奏するのは
ともにバッハの『ゴルトベルク変奏曲』ですし、
レクター博士や捜査官クラリスの造形に影響しているような描写も多い。
そう指摘されれば、私は『青尾蠅』を読んだ時、
トマス・ハリスの『レッド・ドラゴン』の方を思い浮かべました。
『青尾蠅』は描写も主人公もずっと美しく繊細なのですが、
入り組んだ情景の中から徐々に姿を現す真実の恐ろしさは、
「慣れている」はずの私達、現代の読者にとっても衝撃的。
(ナルシア)
『悪魔に食われろ青尾蠅』
著者:ジョン・F・バーデン
訳:浅羽英子
出版社:創元推理文庫2010
不気味なタイトルですが、ホラーではありません。
明晰な文体のピアニスト・青柳いづみこが
「文章で表現された音楽」を語るエッセイ集です。
なぜハロウィーンにおすすめするのか。
例えば表題の『六本指のゴルトベルク』とは、
我らがダーク・ヒーロー、ハンニバル・レクター博士。
映画『羊たちの沈黙』の凄惨な場面で、
レクター博士がうっとりと浸るバッハの
「ゴルトベルク変奏曲」の旋律が甦ってくるではありませんか。
それにしても音楽とは恐ろしいものですねえ。
ただ人の心を和ませたり楽しませたりするだけのものではない。
「音楽」とは、「演奏」とは、まさにこんな感じだなあ、と
現役演奏家も納得する音楽の文章表現は、
物語をサスペンスで満たし、多くの悲劇を引き起こします。
筆の立つ演奏家である青柳さんが、
自分たち音楽家の「業」の実情をまじえながら紹介する
物語の数々を読んでみたくなるのはもちろんですが、
文章で表現されている音楽がどんな曲かも気になる訳で、
本を片手にいちいち検索し、「ああ!この曲か!」と頷いてしまいます。
軽やかなタッチに乗せて次々と展開してゆく
文学と音楽と人間のおそろしさを秋の夜長に堪能してみては。
(ナルシア)
『六本指のゴルトベルク』
著者:青柳いづみこ
出版社:中公文庫2012