2006
10.18

晴れた空で風がごうごうと鳴る休日の午後遅く、
普段あまりひとけのない住宅地の辻々を子供の影が走ります。
自動車の多いあちらの通りを、こちらの色づいた柿畑の中から、
皆吸い寄せられるように旧い家並みの残る
集落の方へ向かっています。
何があるんだろう。
赤ちゃんを抱えたお父さんや杖をついたおじいさんや、
ぽつぽつ大人も出ていますが、子供達のように急いではいません。

あ、K君じゃないか。おーい、何してるの?
「天狗!天狗!」
てんぐ‥‥?
天狗が出るの?
「天狗をおいかけてるの」
一緒にいるK君の友達が説明してくれます。
天狗を追いかけてる?

s-kotengu

追いかけてる、と言う割には細い路地の角ごとで、
K君はおっかなびっくり遠くを透かして様子をうかがっています。
ねえ、天狗って怖いの?
男の子だから、怖い、とは口にしないけれど、
振り返ってにやあっと笑います。
そうか、そんなに怖いのか。

路地の向こうで自転車に乗った男の子達が
一方を指して大騒ぎしています。
「天狗あっちあっち!」
「さわれなかったあ」
「追っ掛けられて逃げて来た!」
どうやら天狗に触るとご利益があるのだけれど、
怖くてなかなか近づけないらしい。
辻ごとに子供達の天狗情報が飛び交います。
女の子のグループは、怖い怖い、と尻込みする友達を
なだめすかして引っ張って行きます。

どうやら大人達はゆるゆると
古くからある神社に向かっているようです。
あそこの主神は木花開耶姫命でしょう。
なんで天狗が跳梁するのだ?
歩くでもなく止まるでもなく、といった感じの大人達の間を、
風に舞う木の葉のように子供達が吹き抜けてゆきます。
天狗は子供の目にしか見えないのかな。
私にはもう見る事ができないのかな。

傾斜のある狭い路地で大人達の歩みが止まりました。
人混みの隅で、水色の水干に紗の烏帽子の神官様がかがんでいます。
あの方が天狗?
違いますね。
幼い子達も嬉しそうに進み出て、
額に白粉で八の字を描いて貰っています。
人混みの向こう、橋の前の坂道で
紫と紅と金で飾られた神輿が夕陽の中で揉まれています。

堤防の上の自転車の女の子が、
河の向こうを指して通る声で叫びます。
「天狗あっちにいっちゃった!」
橋を渡れば山裾の神社、そうか天狗はもうお山に帰っちゃったのか。
残念そうな男の子に、年上の女の子が元気よく言います。
「お金持ってきてよかったね。お店いっぱい出てるよ!」

あるじゃないですか、日本にも。
豊かな収穫を言祝ぐ季節、恐ろしい異界からの来訪者を迎える、
子供達にとってはスリリングかつエキサイティングなイベント。
額に白いフェイスペイントを施して、風の中を翔る翔る。

(ナルシア)