10.30
「‥‥それはまだこのあたりには奴らはほんの少ししかおらず、身ごなしがいたってぎごちないからです。さっき申し上げた通り、彼らの翼は、地上をほんの少し飛ぶのにはたいした役にはたちません。
わたしはもう今にも、例の石の文字を解読しそうなのです──それこそ恐ろしい方法で──それにあなたの民俗学の知識を利用すれば、ミッシング・リンクの補いがついて充分に私の手助けになっていただけるでしょう。
思うにあなたは、この地球上に人間が現れる以前の恐るべき神話──あのヨグ=ソトホースと例のクトゥルフに関する一連の伝説を──何もかもごぞんじですが、その話は二つとも『死霊秘法(ネクロノミコン)』という本に‥‥」
H・P・ラヴクラフト 『闇に囁くもの』
創元推理文庫『ラヴクラフト全集1』収録
昨年の夏、遠来の客があった。
長年親しく通信を交わす間柄でありながら、
実際に顔を合わせるのは数度目である友人は、
小さな石像を携えていた。
簡素な包装の下からその像が姿を現した瞬間、
わたしは劇しい既視感に襲われた。
その像は、まるで、
「まるで私が描く怪物そのものでしょう」
翻訳を本業としながら、秘かに、夢と、夢が潜在意識に残した物を
具現化したような怪奇な生物達を細密に紙の上に表すという
風変わりな趣味を持つ友人は、そう言った。
「‥‥それでいて、石質不明のこの物体の暗緑色の表面に、数世紀、いや、数十世紀の年代を見てとる事ができるのだった。(中略)‥‥鱗に覆われた胴体に爪の長い前足と後足、そして背中には細長い翼。」
H・P・ラヴクラフト 『クトゥルフの呼び声』
創元推理文庫『ラヴクラフト全集2』収録
以来、この像は常にわたしの机の上にある。
今こうして深夜に一人で文を綴っている間にも。
民俗学の知識‥‥やはりわたしはあの天狗を
追うべきだったのだろうか。
友人は石の文字の翻訳を終えただろうか。
否‥‥、そうではない。
あれは七十年も前に書かれた小説で、
わたし達の事ではないではないか。
ヨグ=ソトホース門なれば‥‥ヨグ=ソトホース門の鍵にして守護者なり。
過去、現在、未来‥‥は‥‥なべてヨグ=ソトホースの内に‥‥一なり。
わたしは何を書いているのだ。
頭に靄がかかったようで、意識が途切れそうになる。
眠気を覚ますために机を離れ、窓を開ける。
秋の夜風が心地よい。
窓枠を掴み、ひんやりとした外気に身を乗り出す。
夜空に向かい、小さく声をあげる。
イグナイイ‥‥イグナイイ‥‥トゥフルトゥクングア‥‥ヨグ=ソトホース‥‥
背中にお香もたてられますが、
普段はこうやって愛用しています♪
(ナルシア)